トラバース 山下 耕平 2010.09.24 金 – 10.16 土
yamashitaDM 登山道を歩くと、途中に「ケルン」というものが登山道を歩くと、途中に「ケルン」というものがあります。付近にある石を、登山者が通過・存在したという証として 円錐状に積み上げたもので、三俣などのポイントや山頂の記念碑としても存在しています。私はその「ケルン」を見て、 「ケルン」と自分の制作・作品との繋がりを強く感じ、それが現在の作品の核となり、その周辺として「集積」「球・円」 「ミクロ・マクロ」「遠近」をテーマとし、登山による経験や記憶を結びつけて制作しています。  登山道で見た「ケルン」の石の積み上げられた様子、その後ろ遥か先に見える槍ヶ岳の穂先、その二つが重なって見え た時に小さな石のスケールが変わっていくこと、そしてそれは石が積まれた「ケルン」のような頂に立つことでリアルな 感覚として私の内部に残りました。「ケルン」のような山、「ケルン」の上に立つ私、山へと変わる小さな石。スケール、 遠近の関係が崩れていき全てが繋がっていく、作品「Anseilen」(アンザイレンとはザイルに繋がれ確保された状態)では それを描こうとしています。「ケルン」に登るクライマーたち。石が大きいのか、クライマーたちが小さいのか、そしてコ ラージュのように描かれたクライマーたちと「ケルン」を積むようにひとつひとつバラバラに描かれた石によって空間性 は失われています。ザイルに結ばれたクライマーたちは遺伝子のような繋がりの中に存在していて全ては関係しています。 そして、多くの作品には「円・球」の形態が使われています。コラージュに使われている原子や分子、木星、サッカーボ ール、全てのものには優劣はなく、「ミクロ・マクロ」のスケールは崩壊しフラットな状態に変わり、それは「ケルン」を 通して山と人へと繋がっていきます。またコラージュ作品のインクジェットによって印刷された切り抜きをドットの「集 積」として、そして切り抜くという行為もまた「集積」として考えられます。さらに「球・円」の形そのものには始まり や終わりはなく「遠近」のないかたちです。  「ミクロ・マクロ」「遠近」の崩れた状態を「迷う」と言うのならば、宇宙が拡張もしくは収縮し、その中を回り続ける 銀河、太陽系、地球に住む私たちに現在位置はどこにもないのではないかと考えます。そう言った意味で「lost」シリーズ では多くのテントやルート、山の頂に迷う登山者を肯定的に描き、アルプスをさまよう私は新たな現在位置「ケルン」を 積み上げようとしています。  ヘッドランプ、シュラフ、コッヘルなどの実用的に追求されたギアの形態、ウェアやヘルメットなどのカラーリングの 鮮明さは私を常に刺激し、純粋な創作意欲を湧かせてくれます。アウトドアカルチャーを美術に取り入れることで新しいも のが生まれることを期待しています。  最後にTraverse(トラバース)は登山用語としては横断であったり雪渓を横切ることであるが「縦走」という意味もあり ます。そして、縦走とは山頂と山頂をつなぐ尾根を何日間もかけて渡り歩く行為です。空間に散らばった作品群の間を縦走 するように鑑賞者が作品と作品を繋いで欲しいという意味でタイトルを付けています。