Exhibition

あなたはこの世界にいるかもしれない。もしくはいないかもしれない。
栗棟美里
2021.03.26(金) - 2021.04.24(土) - OPEN : 火 - 土 | 12:00 - 19:00
CLOSED : 日曜日、月曜日、祝日

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*引き続き、新型コロナウィル感染防止に努め、営業をして参ります。ご来廊の際にはマスク着用、ギャラリーに設置しているアルコール消毒液の使用をお願いいたします。
ギャラリー空間も換気を常時行い、スタッフの手洗い、うがい、アルコール消毒、マスク着用を徹底し、ご対応させて頂きます。
皆さまにはご不便をお掛けいたしますが、何卒宜しくお願い申し上げます。
会期中でのご来廊が難しい方は、アーティストや作品についてのメールでのお問合せ(info@tezukayama-g.com)もお気軽にご相談下さいませ。

PRESS RELEASE[PDF]


この度、TEZUKAYAMA GALLERY-MAIN GALLERYにて栗棟美里の個展「あなたはこの世界にいるかもしれない。もしくはいないかもしれない。」を開催いたします。

1988年生まれの栗棟は京都精華大学及び大学院で版画を学び、現在は出身地である神戸を拠点に活動しています。
大学在学中より作家としての意識を強く持ち活動してきた栗棟は、自らが撮影した写真を支持体とし、その上から描画を施すミクストメディアの手法で、美・存在・時間・生命といったものの本質を問い続けてきました。

2018年の個展「Still Remained」では、視覚による認識の本質・美術の在り方/見方を再考するというテーマのもと、様々なメディアを介し、消費されていったイメージを素材とした作品群を発表しました。これは栗棟による刹那的なイメージ・情報を一度破壊し、美術作品として昇華させることは可能か?という検証でもあり、急速化する情報社会の中で「見る」という行為の本質とは何かを鑑賞者へ問う試みでもありました。

今展でも、その問いに対する栗棟の姿勢が見て取れます。
昨今、オンライン上でのコミュニケーションが急速化する中、液晶画面を介して人と人とが対峙する場面が日常的となりました。時間・場所を問わず対面できる環境が整ったことで新しい生活様式が生まれ、便利になった反面、ある種のリアリティの欠如を感じずにはいられない、と栗棟は言います。

3年ぶりとなる今展では、写真史の中でも普遍的なテーマである「ポートレート」というフォーマットを軸に、実在しない人物をモチーフにした作品群を発表します。同展覧会のタイトルにもなっている大作「あなたはこの世界にいるかもしれない。もしくはいないかもしれない。*1」を中心に、約17点の新作を展覧いたします。この機会に是非ご高覧下さいませ。

*1: 同作品が「Kyoto Art for Tomorrow 2021 – 京都府新鋭選抜展 -」において、産経新聞社賞を受賞。


[アーティスト・ステートメント]

私は本展「あなたはこの世界にいるかもしれない。もしくはいないかもしれない。」において、デバイスを経由した人物像・ポートレートのリアリティを指摘すると共に、現代における視覚体験について提起します。

オンラインでのコミュニケーションが急速に増加する昨今、我々はパソコン・タブレット・スマートフォン、あらゆるデバイスを通して人々の顔や表情と対峙します。これらデバイスが我々の日常に速やかに浸透する一方で、日頃写真を作品として扱う私は、その目の前で起きる電子の変化と明滅に、日常のリアリティとは異なった感情を抱いています。
ネットを経由し全世界に移動できるようになった今、デバイスの向こう側にいる人物は日本にいないかもしれないし、リアルタイムのようでいて録画されたデータを見せられているかもしれません。
ネットに散見されるポートレートのデータを見ていても「今どこの国にいて、今何歳で、今何をしているのか」は、正確に捉えることは難しいように思います。
かつては記録として使用された写真も現在はデータの改変をもって提示されることが多く、図像として扱われる場面に立ち会う度その不確かさ及び改変と共存する様に、リアリティやポートレートの本質を考えさせられます。

本展の作品に使用したポートレートは、私が撮影したデータをはじめインターネットから選出したデータを合成し制作した架空の人物像です。また、レンチキュラーレンズを使用することで鑑賞者が視点を変えると人物は次第に曖昧に次第に消滅していきます。
この能動的な視覚体験を通して、あらゆるリアリティへの再考と視覚体験そのものにおいても新たな見解や考察を促す展覧会になれば幸いです。